儒学

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儒学の発展

約500年余の戦乱の時代を統一したのが 「秦 [しん] 」 の始皇帝です。 秦は法家思想・法治主義を採りました。 儒家を弾圧し、儒家の本を焼き 儒学者を生き埋めにしました。 (「焚書坑儒 [ふんしょこうじゅ] ) 儒学の最初の ”暗黒時代” といえましょう。 ただし 『易経』 は焚書から除外されました。

秦は、わずか15年間で亡び 「漢 [かん] 」 の時代を迎えます。 英主武帝は儒学を統一国家の 「国教(国の教え)」 とします。 (BC.136)その意味で儒学が ”儒教” となったのです。 以後、漢は前後約400年間大繁栄し、”漢字” ・ ”漢文” ・・・ 等、”漢” という言葉は現代まで ”中国” をあらわす代名詞となります。

「唐 [とう] 」 は、英主太宗によって築かれた大帝国で、約300年間にわたり繁栄します。 アジアに大唐文化圏が形成されます。 太宗は 『五経正義』 を編さんさせ 儒学の統一化を行ないます。 儒学は官吏登用試験 (科挙) の試験範囲とされてゆきます。

我国は、遣 (隋 [ずい] ) 唐使節によって、 律令制度 ・ 仏教 ・ 書道等 多くの唐文化を留学生・留学僧に持ち帰らせました。 書道三筆の1人でもある空海 (弘法大師 [こうぼうだいし] ) は有名です。

「宋 [そう] 」 の時代、”新しい儒学 (宋学) [New Confucianism] ” がおこります。 儒学は漢・唐の訓詁 [くんこ] (字句の解釈) を捨て、 精神・哲理に重きをおき 宇宙の原理性の研究に向かってゆきます。 この学風を大成したのが南宋の朱子 (朱熹 [しゅき] ) です。

朱子は、必読書として四書 ( 『論語』 ・ 『孟子』 ・ 『大学』 ・ 『中庸』 ) を単行本化しました。 その注釈書が 『四書集注 [しっちゅう] 』 で、四書を儒学の中に権威づけました。 ”朱子学” は、以後 正統の学となり全盛時代を築きます。 即ち、中国の 「明 [みん] 」 代、李氏朝鮮、日本の江戸時代は朱子学が官学化され、 アジアに ”儒学文化圏” とでもいえるものが形成されました。 平和で文化の繁栄した一時代を現出いたしました。

明代には、王陽明 [おうようめい] が宋代の陸象山が開いた心学を受け継ぎ、 ”陽明学” を大成します。 王陽明は、朱子学に対抗して ”知行合一 [ちこうごういつ] ” をとなえ 実践を重んじました。 『伝習録 [でんしゅうろく] 』 は王陽明の語録です。 以後、儒学は朱子学 ・ 陽明学の2派に分かれて対立いたします。

「清 [しん] 」 代には、この朱・王 2派に反発し、 経書 (古典) を実証的に研究して儒学を客観的に解釈しようとする ”考証学” がおこりました。

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