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ごあいさつ

学生のころ、「古代ローマ帝国の滅亡前は、市民は”パンと見せ物”を望み、 為政者(皇帝)はそれを与えれば良かった。」 ということが、今一つ実感できませんでした。 現代の日本のありさまを思い想うにつけて、それがわかるような気がします。 マスメディアは、グルメとスポーツ、そしてコマーシャルであふれ、政治は”見せもの(ショー)”化されています。

”ナノの時代 (10億分の1m)” といわれ、アリが持つ携帯電話すら出来ようとする時代です。 科学・技術は進歩しても、その用い方、人の心のあり方が問題です。 人間のあり方や社会のあり方は、相変わらずであったり、後退することも少なくありません。 マザーテレサが、かつて日本の”豊かさの中の貧困” を指摘したように、21世紀のはじまりは、 モノの豊かさに破れ、心の蒙 [くら] く、荒 [すさ] んだ時代です。

大東亜戦争敗戦後 60余年を経て、日本の古き良き精神 [こころ] は忘れられ、 人倫は乱れ徳義なく、侒人 [ねいじん] 、小人 [しょうじん] 満ち満ちている時勢となりました。

” 徳 ” 、 ” 義 ” 、 ” 孝 ” 、 ” 恥 ” 、 ” 敬 ” 、 ” 譲 ” ・・・ といった珠玉の貴重なことばが忘れ去られ死語となりつつあります。 むろん文字だけでなく、その精神が忘れさられようとしているのです。

”風 [ふう] をおこすものは吏 [り] と師 [し] ” といいますが、 官吏は公 [おおやけ] を忘れ、教師と教育の権威は失われ、人心は廃 [すた] れてまいりました。 家庭の親子関係のくずれ、法による秩序の限界、義を欠き誰もが責任をとらぬ風潮、指導者(人材)不在、 少子高齢社会の急激な進展の中で、借物民主主義の弊害があらわになってまいりました。国際化の中で日本と日本人のアイデンティティーと品格が問われています。

真なるもの、善 [よ] きもの、美しいもの (儒学で”徳”と総称できます)を見失い、 日本国民は共通の ”ものさし” を失ってしまいました。国も人も ”コンパス” ・みちしるべを失ってしまったようなものです。

「 君子は本 [もと] を務 [つと] む、 本立ちて道生ず 」 (『論語』・学而)。その本 [もと] が乱れて、末 [すえ] が治まることはありません。 ”泰平の悪風”は人倫の根本が乱れているからです。あたかも肉体をガン細胞がむしばんでゆくようなものです。 今こそ、本を正し、心を耕し、美しい徳義立国へのオリエンタル・リナシメント [再生] が必要な時です。

”知行合一 [ちこうごういつ] ”をとかれた王陽明先生の詩に、「 而今 [いま] 酔眼始めて朦朧 [もうろう] ヨコ線起って高楼 [こうろう] に向かって暁鐘 [ぎょうしょう] を撞 [つ] く 」 とあります。 また 『易経』 に、「 君子もって朋友講習す 」 ( 兌沢 [だたく] ) とあります。

私は先述の機 [き=きざし] をみて、2007年(平成17年) 6月、”真儒”の会を創立し、”講習” を創 [はじ] めました。 先人の明徳を継承し、その明徳をもって四方を明るく照らさんとするものです。 ( 『易経』・離火 [りか] ) 徳の光で隅 [すみ] を照らし、心の蒙 [くら] きを 啓く [ひら] く (啓 [てら] す ) という意味で、 ”照隅啓蒙 [しょうぐうけいもう] ” の活動と名づけました。

”松に古今 [ここん] の色なし”。松は一年中、そして今も昔も変わらず みどりみどりしています。変化・無常の世の中とはいえ、現代は加速度的に社会文化が変容し、 ”未来に向かって足早に、後ずさりしている” ようです。 その中にあって、私は不易 [ふえき、変わらぬもの] の貴さを感じています。 それは人の ”徳” でしょう。ヨコ線 どなたでも、”徳” をみがき徳の光で蒙を照らさんという志のある皆様が、 集 [つど] い来り、お互いに道を学ぶことを切に望んでおります。

真儒協会会長 高根 秀人年

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